なんとか新しい職場で自分の居場所を作ることができ仕事のペースが安定してきた2008年の8月16日、部屋に差す週末の夏の日差しを眺めながらのんびりとギターを爪弾いていました。

週末のJazzジャムトリオでも演奏していたAntonio Carlos Jobimの代表曲「WAVE」。

とても美しくて今でも大好きな曲です。

最初のコード進行からすでに美しい世界が広がっていきます。

IメジャーからbVIディミニッシュ、そしてVマイナー、IIセブンス…。

「美しいなあ〜、これVマイナーに下がらないでVIマイナーに行ったらどうなるんだろう?」

試しに弾いてみたら…

「!!」

何とも言えない衝撃を受けました!

「これはいい!コードが次のコードを呼んでいる!もし、これが解決するコードが見つかったらすごいことになるかも!」

解決するコードを探すために3つのコードを繰り返し弾いていたら今度はメロディーと歌詞が同時にふっと湧いてきて…

「な、な、何だこれは!? 何かが生まれようとしている!? コードが歌詞がメロディーが次を呼び合っている?この先はどうなるんだろう?」

インスピレーションというのはその瞬間をいかにキャッチするかが大きな分かれ目だと思います。

その瞬間に降りてきたものをその場で捕まえられるかどうか…。

それができなかった場合、もう二度とそのスポットに戻ることができないという体験をしている方は多いのではないかと思います。

突然やってきたわくわくする瞬間、僕はこの瞬間に夢中になって紙とペンを取り出しました。

「そうだ、この曲をナオに歌わせたらどうだろう?」

ナオというのは週末Jazzジャムトリオ(当時はメンバーも増えていました)のメンバー、歌が大好きなドラマーでとても優しくて心地よい歌声の持ち主です。

メロディーがメロディーを呼び、言葉が言葉を呼びストーリーが紡がれていき、コードがコードを呼び、道がいくつか開けた時にはナオならこういうコード進行が好きだろうなと調整をしていたら、あっという間に曲が出来上がっていました。

中間部分はソロを入れるために開けるとして、あっという間に3コーラス分の歌が完成です。

試しに弾いて歌ってみたら、とてもイイ感じです。

ちょっと複雑なコード進行やレッスンを通じて身についたコードの転回形なども入っていて、音楽的にも作曲的にも明らかに今まで作っていたものとは違っていました。

これは今まで自分が書いた曲とは全然レベルが違う、これは自分を代表する曲になるかもしれないと、自分以外この世界の誰もこの曲の存在を知らない時点で確信めいた手応えのようなものを感じました。

しばらく曲を書いていなかったけど、こんな綺麗な曲が作れるようになっていたのか…。いや、これは自分が書いたと言っていいのだろうか?自分は曲が生まれるのを手伝っていただけのような気がするんだけど…。

今思い返しても不思議な話なのですが、この曲って苦労せずにスルッと生まれてきたんですよね。

自分が作ったという感覚はあまりなくて、曲が少しずつ姿を見せてきてくれて、自分はただ「次はどうなるの?どんな風になっていくの?」と曲に尋ねていってそれを書記役として書きとめていただけのような状態でした。

例えるなら、赤ちゃんがこの世に生まれてくるときの産婆さんのような役割でしょうか?

産みの苦しみを味わうお母さん役ではありませんでした。

産みやすいように多少向きを整えることはしましたけど、基本的に曲のエネルギーというか感情というか、そういうふわふわした目に見えず触れもできないものが先にあって、それが曲という媒体に徐々に姿を変えてこの世でも認知できるものになっていくのを一緒にワクワクしながら手伝って楽しんでいた気分です。

作曲者というよりは、この曲が生まれる中継地点にたまたま僕が選ばれただけというか、たまたま自分のところにやってきたというか、そんな不思議な不思議な生まれ方をした曲です。

とはいえ、その共同作業には自分が歩いて来た道や想いが溶け合っているので、そういう点ではそういうところを曲が見つけて僕の元にやってきたような気もします。

インスピレーションというものはもちろん今までも何度もありましたけど、まるで未知との遭遇をしたかのような、別次元って本当にあるんだなぁと思わずにはいられないような貴重な体験をさせてもらいました。

紙に書き留めたはいいものの、自分の演奏力ではさらっと弾いて聞かせることができる状態ではありませんでした。

これは練習が必要だなぁと今後の課題にすることとして、新しく生まれた曲をナオ達に聞かせるために、自動伴奏ソフトの「Band in a Box」にコード進行を打ち込んで自動演奏させたデモ音源を作ってみました。

メロディー、歌詞、コード進行とあっという間に出来上がりましたが、どんなスタイルで演奏するかは決めていなかったので、とりあえず夏っぽいスタイルの伴奏を選んで最初と最後がテーマで中間部分はソロ回しという形式のデモ音源を作りました。

これはその生まれたばかりの「さよなら愛しい人」のサンプル音源です。

ナオに歌ってもらって録音する予定だったのですが彼の仕事が忙しくてなかなか叶わず、かといって自分で歌うにはあまりに音痴すぎ、時代的にもまだVocaloidがまだまだ一般に浸透していない時代(2004年3月に海外で「LEON」と「LOLA」が発売、その8か月後に国内初のVocaloid「MEIKO」が発売。初音ミクは2007年8月31日発売。)で、まだまだ一部のファン以外には受け入れにくく、また歌としては実用的なレベルでもありませんでした。

ナオのスケジュールが空くのをしばらく待っていましたが、ナオもしばらくは無理そうだと言うので、この機会に「びびなび(ネット掲示板)」で女の子シンガーを募集してみようかな?と思い、募集告知を出してみました。

連絡をくれた人にデモ音源を送ってもらっていたのですが、その中の一人の声を聞いて「この子だ!」と思いました。

ちょっとハスキーで物憂げで繊細なところがあって物悲しさが感じられる声。

当時の女性ボーカルといえば、ソウルフルな歌い方や宇多田ヒカルに代表されるHipHopスタイルが主流でしたので、なかなか得がたいスタイルの歌声でした。

その声の持ち主が「まお」ちゃんでした。

知り合ってみたら歌声とは裏腹に面白豪快キャラなまおちゃんでしたが、芯の部分では真面目で優しく、とても信頼できる人でした。

知り合ったはいいものの、実はまおちゃんも数ヶ月後に帰国することになっていたので、レコーディングの用意を進めるとともに、ナオとピアニストのMike以外の週末Jazzジャムの仲間と一緒にこの機会にライブをしてみようということでリハも重ねていくことになりました。

そのリハの中でまおちゃんが「最後にもうちょっと気持ちをいれて歌いたいところで曲が終わっちゃうんですよね。」と何気なく口にしたのが、これまたこの曲が化ける大きなきっかけとなりました。

もともと週末Jazzジャムグループでの演奏を意識していたこともあって、歌ものやポップスというよりも同じサイズの進行を何回繰り返すというような形式で考えていたのでそうなっていたのですが、なるほど、歌い手さんの言うことももっともだとコーラス部分をもう一回追加してみることにしました。

ただ追加するだけでもつまらないから半音上げてみようと思い、試しにその場で歌ってもらったらこれまたイイ感じになっているではありませんか!

追加部分の歌詞を書き足して物語もさらに深まり、ぐっと心に触れる曲に育ちました。

自分一人で完結してしまわずに誰かの意見を取り入れて曲をより良くしていくのはとても大切なことだと、まおちゃんに教えてもらったような気がします。

「さよなら愛しい人」は僕だけでなく、まおちゃんという存在があって最後のピースがはまり、完成しました。

そんな彼女の帰国ライブで、彼女の歌によってこの歌がお披露目となったのはとても素晴らしいことだと思います。

この曲は誕生の瞬間から完成に至るまで、僕だけのものではなく誰かの存在が常にありました。

僕がこの歌は自分だけのものではなく、「みんなの歌だ」と考えているのは歌詞の内容が誰にでもあり得ることを歌っているだけでなく、友人達の存在があって曲が生まれ成長していった経緯があるからでもあります。

人の縁の中で生まれたこの歌は、その後、僕が歌について考える上で大きな存在となる新しい友人との出会いを呼んでくれました。

今ではRiocatoの音楽の核として外せない曲となるこの歌は、僕にとって本当に特別な存在となっています。

まだ完成版を作れてはいないのですが、そう遠くないうちに仕上げたいと思いますし、この曲がどう育っていくのか、自分自身の人生と共に一緒に過ごしていきたいと思います。

 

こちらはまおちゃんの帰国ライブの映像です。

僕のギターはまだまだへたくそですが、曲は悪くないですよね。